廬山寺を訪れた時、歌碑を発見しました。
発見した歌碑は、紫式部歌碑です。。
その写真は、「廬山寺の紫式部歌碑」に掲載しています。
廬山寺についての簡単な説明
廬山寺は、京都市上京区にあります。
圓浄宗の本山です。
比叡山延暦寺の中興の祖・良源。
その良源が京都の北山に創建したのが始まりです。
その後、船岡山の南麓に再興。
そして、豊臣秀吉の寺町建設で、現在の場所へと移りました。
紫式部の邸宅跡としても、知られています。
また、節分祭も有名です。
-終-
今回は、そんな廬山寺の紫式部歌碑を紹介します。
何かの役に立てば、幸いです。
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廬山寺の紫式部歌碑の概要
廬山寺の紫式部歌碑
京都には、紫式部の痕跡を発見出来る場所がいくつかあります。
京都市上京区ある廬山寺も、その1つです。
◆紫式部について◆
紫式部は、越後守・藤原為時の娘です。
名は、香子と伝わっています。
夫である藤原宣孝の死後、一条天皇の中宮・藤原彰子に仕えました。
その時に、「源氏物語」を書き始めたと伝わっています。
他にも、「紫式部日記」「紫式部集」などを書きました。
生年は、天延元年。
没年は、長元四年頃と言われています。
中古三十六歌仙の1人です。
そして、女房三十六歌仙の1人でもあります。
-終-
こちらが、廬山寺の紫式部歌碑です。
「めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに
雲隠れにし 夜半の月かな(紫式部)」
「有馬山 いなのささ原 風吹けば
いでそよ人を忘れやはする(大弐三位)」
前半は、紫式部の歌です。
「小倉百人一首」に入選した歌となります。
後半は、大弐三位の歌となります。
大弐三位は、藤原宣孝と紫式部の娘です。
歌人としての才能は、母である紫式部に匹敵したと伝わっています。
廬山寺は、観光寺院です。
拝観料金が必要となります。
ただし、紫式部歌碑は、拝観料金が必要な場所の手前に存在しています。
この歌碑だけなら、無料で見る事が可能ですよ。
廬山寺の駐車場
ありません。
廬山寺へのアクセス
廬山寺への行き方です。
京阪出町柳駅及び神宮丸太町駅より徒歩15分。
JR京都駅から4・17・205系統の乗車、府立医大病院前の停留所で下車。
歩いて5分ぐらいで到着します。
(周辺地図)
廬山寺の関連情報
・廬山寺の節分会。追儺式鬼法楽や蓬莱豆を堪能。